悲しむことしかできないけれど

こんばんわ。

最近は人体構図の模写修行をしています。

以下は参考文献なしで描いたナメックブルマ。骨格、ちゃんと描けてるだろうか?

ラフなので雑です。体の丸みや立体感をもっと頑張りたいね!

さて、今日はとんでもなく悲しいニュースが舞い込んできました。

セクシー田中さんの芦原先生がお亡くなりになったと・・・。SNSでは大炎上中です。

セクシー田中さんは、つい最近、2巻まで無料配信していたものを読んだばかりでした。SNSでもフォロワーさん同士がこの作品を褒めあってるポストを見かけていたし、キャラクター一人一人に魅力があって、続きの巻もお金出して買おうかなと迷っていた矢先の出来事。

うそでしょ?

夕方にいじっていたスマホに飛び込んできたニュースを見て、頭が真っ白になりました。

この一連の騒動は、数日前からSNSを追っていて、某脚本家さんのインスタも、芦原先生が出された声明も全文読んでいました。

ご冥福をお祈りしますとしか、そういうありきたりな言葉しか言えなくて。

事態が急展開過ぎて、心がついていけません。


この件に関して、やれテレビ局が、やれ脚本家がと書くつもりはありません。

私はその業界のことを何一つ知らないし、何より、芦原先生の最後のポストに「攻撃したかったわけじゃなくて」とあるから。。。

しかし過剰な脚本家叩きおよび、それに苦言を呈する人に向けてのバッシングなど醜いポストがTLを埋め尽くす様をみると、特に日本では、悪者探しを正義だと勘違いしている人が圧倒的に多い気がします。

日本昔ばなしも、さるかに合戦とか、悪者を懲らしめる懲罰的エピソードが多いですね。

国民性とか文化なんでしょうか。

私はこういう、私刑による懲罰を礼賛するストーリーは大嫌い(人を裁けるのは司法だけですから)なので、この類の物語は子供にも一切読み聞かせしません。

話がそれました。

本件、SNSに書くと検索で引っかかって炎上に加担することになりそうだったので、ブログで綴っています。

業界内でどうささやかれていたかは不明ですが、少なくともSNS世論は圧倒的に、芦原先生の味方だったと思います。

なのに・・・自殺されてしまいました。

本件でショックなのは、「世論が味方をしても先生は命を絶ってしまった」ということです。

責められた側が自殺するなら分かるけど・・・(勿論そんなことは絶対にあってはならないけど)。先生が筆を折る心配をされた方々はたくさんいたかもしれないけど、まさか自死すると思った人は、正直いなかったんじゃないだろうか。

この状況を見てつくづく、

ああ、人って、他人のことなんか分からないよね

って思った。

SNSの見ず知らずの人だけじゃなくて、昔からの友人も、同僚も、もしかしたら夫のことすらも、何に傷つき、何が死のトリガーになりえるのか、私はこれっぽっちもわかっていないんじゃないだろうか。

分からないから・・・せめて私は、どの場所においても、誰とも争わないことを誓おうと思います。

勿論、ガンガン意見は言うし、違うと思えば反論もする。

でも、誰かの不幸を願い、やりこめてやろうと画策し、マウントをとって見下すことはしない。

それさえ守れば、争いの火種は最小限に抑えられるはずだから。

相手より有利に立とうとか浅ましい計算をし始めた時点で、そもそも状況に負けているんだ。

そんな土俵に立つ必要がないメンタルを持つことが、幸せへのパスポートなのだと思います。

私もあと数年で40歳。不惑と呼ばれるにふさわしい、芯の強い女性になろう。

色々、文章がとっちらかっててすみません。思いのままに。

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